ふにゃふにゃフィロソフィー

真の父親とは、男とは何かを考えるブログです。

高橋大輔選手に見る採点型競技の闇

私はスポーツが好きで、幅広く見ています。我が家のテレビはスポーツかニュースを見るためにあります。

今日のニュースはどんなものがあったか。
スポーツの結果はどうだったか。
NHKの「ニュース9」のスポーツコーナーではなぜアナウンサーが小走りなのか。

ニュースもスポーツも、筋書きのないノンフィクションです。
マンネリの毎日に刺激的なリアリティを求めているんでしょうね。

みなさん、求めてますか?
日照ノ秋人です。

さて、今回はフィギュアスケートの話ですが、こういった「採点型競技」って嫌いなんですよね。

競技そのものが嫌いなんではなく、どうしても人間が採点することに 不公平な何かが働きそうで、筋書きがみえてしまったりするので。

※以降、敬称略でお送りします。

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全日本選手権での高橋大輔

2014年に一度引退し、復帰した高橋大輔が注目された大会でした。
優勝は宇野昌磨高橋大輔は2位でした。

当の本人の目標は、優勝でも表彰台でもなく、「滑走順の最終グループに入る」という 事でしたので、本人も予想外の2位でありました。

マスコミは、羽生結弦宇野昌磨につづく者がいないからだという事にして、男子フィギュア界に警鐘を鳴らしましたが、私はどうしても違った見方をしてしまいました。

横を見れば我が奥方が

私の奥方は宇野昌磨推しで、我が息子を見るようにテレビにかじりついていました。 私の「宇野といったらマサルでしょ?」という、かの「ヘディングの神様」を引き合いに出したところで「は?誰ソレ?」とそっけなく返されるのです。

そんな奥方と、フィギュアスケートのテレビ番組をずーっと見ていましたが、 採点型競技というものは実にわかりにくいのです。

私なんかは、若い子が自分の納得のいく演技と転倒しなかったことを加味したうえで、 「もう、この子が優勝でいいじゃない?」と声に出して言ってましたし。

それにひきかえ、高橋大輔

やはり若い世代の選手と比べると、4年のブランクもありキレが目に見えて違いました。
私はどうしても素人なので、「ジャンプ」で見てしまうのですが、 若い選手よりもスローリーに見えてしまうのです。

そりゃあ、選手によって高さと回転の速さは違うのでしょうが、 最近の若い世代の選手は「4回転」を早くから前提としているため、 全体的に回転が速いように見えました。

競技は「ジャンプ」だけでなく、「表現力」も採点基準ですので、 表現力が評価されたと言われれば、それで上位に食い込んだと納得は行くのですが、なんせシロートのワタシ、表現の違いが全然わからんのです。

それに、過去にあった不正の数々・・・。

採点型競技の闇

ネットで調べれば出るわ出るわ・・・。

私の記憶に残るところではソルトレークのロシアペア。シロートの私が見ても失敗のわかるロシアぺアがノーミスのカナダペアを上回って優勝。
え、なんで?
世界中のひとが頭の右上にハテナマークをつけたスキャンダルですね。

結局は審判の不正だったわけですが、オリンピックの場でのまさかの「出来レース」に採点型競技の 信頼は一気に怪しいものに変わってしまいました。

その一件以来、採点方法が変わり「審判の主観が入りづらい採点方法」 となりました。

え。

主観が入らないのでは誰が「採点」するのだろうか、 「審判団」がいる意味が全くなくなってしまいますね。
今では、機械がジャッジしていることもあり、 人の入る余地はさほどなくなってしまったなという印象です。

そんな冷たいジャッジに対し、熱のある演技をする選手たちを見ていると、 「表現力」という部分は競技ではなく「作業」に見えてしまうのです。

高橋大輔は世界選手権出場を辞退

全日本選手権で上位になった選手は、世界選手権出場の資格が与えられるのですが、高橋大輔はそれを辞退。

自分よりも若い選手が出場し、世界を経験することが大事というとても立派な理由で後塵に道を空けたわけですが、ネット上でもいろんな憶測が飛び交っています。

私はそういった憶測とは違った見方をしています。

4年のブランクがあって、年齢的にもひと回り上である高橋大輔が2位になってしまったのは、若い世代の選手が実力不足というわけでなく、採点の基準が今の選手に合致していない、むしろ古株の選手に 合致してしまった結果であると考えています。

高橋大輔も過去にオリンピックでの銅メダリストですから、それなりの実力者なわけですよ。

それなのに、当時よりキレを失った今で4回転をあたりまえのように狙う若者よりも 評価されてしまったことに対する採点型競技への失望感があったのでは・・・。

なあんて、シロートのワタシは考えたのです。

私が彼の立場だったら、

なあんだ、じゃあ俺の若くてピークの時にこの採点基準でやらせてくれたら、金メダルだったかもしれないのに!

と思ったでしょうね。

彼がどんな理由でカムバックしたかはわかりませんが、 カムバックしたのに競技に対する失望感を味わったとしたら、 「世界選手権」にモチベーションは上げられないと思うのも 自然なことだなぁと・・・これは私の憶測ですがね。

ファンはそんなことにはおかまいなし

フィギュアスケートという競技に対して、採点の曖昧さ加減と「表現力」という見えにくい謎の採点部分とが相まって、私なんかは「出来レース」だと完全に決めつけています。

羽生結弦が勝ち続けるのも、競技に理解と人気のある日本人に競技熱を上げてもらうために、 世界のフィギュアの偉そうなオヤジたちによって担ぎあげられた「広告塔」であるから、 なのかもしれません。※これは私の憶測です。

競技熱を上げるには誰か一人、スーパースターをでっちあげれば簡単なことです。 かつてのロシアの栄華がそれだったように、業界を盛り上げるシンボルを 新たに作る必要が、今の胡散臭い採点型競技にはあったのかもしれません。

しかし、ファンはそんなことにはおかまいなし。

宇野昌磨を我が子のように見守る私の横のひともしかり。
「ゆづ結婚して!」と競技前にプロポーズしてしまうひともしかり。

神輿に乗せられたわかりやすいファイナルファンタジー顏」に目を輝かせながら、私「ゆづ派」、私「昌磨派」と派閥を形成し、 「なに高橋大輔って、もう終わった人でしょ、オバサンはあっちいって」と派閥闘争を繰り広げる「ファン層」が完成されているのです。

羽生結弦が神輿に乗せられたとは声を大にして言えませんが※何度も言いますがただの憶測です。 そういったファン層によって再びその立場に引きずりあげられそうな高橋大輔が、 「もうオマエは必要ないんだよ」とフィギュア界の偉そうなオヤジから バチコーンを喰らっているようにも見えますね。

そんな私は高橋大輔が好き

あの顔。

あの顔から容易に推測できる「毛深さ」。

私と多分、なやみの種は同じ。
わかる、わかるよ、オバハンにはわからないだろうけど君の悩みが。

そんな風に見ていると、応援したくなりますねぇ。 そこのつるんとした「ファイナルファンタジー顔」に負けんじゃねぇ!と。


こちらもよろしくお願いします。

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