ふにゃふにゃフィロソフィー

真の父親とは、男とは何かを考えるブログです。

エゴグラムで己を知ったら教祖への道が開けた

私が最近好きで読んでいるブログに、
自分を知る方法
というものがあった。

自分が40年余り生きてきて全く知らない世界だったため、 ちょっと乗っかってみることにしたのだ。

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エゴグラム

それは性格適正検査というもので、 己の性格を知るものであった。

それによると私は「INFJ型」というものに分類された。

それはどんな性格なのかというと・・・

・理想主義者で提唱者、独創的なアイデアを出せる!
・客観的な判断ができる!
・ひとの気持ちを考えて行動できる!
・気はやさしくて情に厚い!

おおっ、いいねいいね。

まさしく拙者、特に最後の「気は優しくて力持ち」なんてドカベンみたいだなぁ。
※こういう男古い表現、お許しください。
力持ちなんて全然書いてないね。

・責任感が強く、秩序に厳しい!
・正義感が強く、争いを好まない!
・自分の中に確かな価値観がある!
・人間関係は狭く深い!

頑固者ですね。
だから人間関係は狭いのだろうか。
まぁ確かに「我が道を行く」タイプで、 大勢と群れることが嫌いだからなぁ、 なんてったって「提唱者」だからなぁ。

・自己表現が苦手!

あははははははははははは。

ブログブログ!
苦手だけどやってるよブログ!

そうねぇ、たまに自分のブログ見るけどよくわかんないもんね。
だから提唱するだけして「あとはお願い」タイプなんだろうな。 軽く言うと「アイデアマン」ってヤツ。 でも実際に指揮指導する立場ではないんだな。 まさに「張り子のトラ」、インチキ宗教のソレっぽい教祖になれますな。

INFJ型の有名人

マザーテレサ
ガンジー
ヒトラー

ちょっとちょっと。

エラソーなひとばっかりじゃないですか。 並ばせてもらっていいですか?

マザーテレサ
ガンジー
ヒトラー
・日照ノ秋人

最後、最後っ!
安っ!

INFJ型に合った職業

哲学者、脚本家、作曲家、編集者、
インフルエンサー、ブロガー・・・

え、ブロガー?

・・・。

言葉がありません。

教師、神父、住職、教祖・・・

え、教祖?

これは決まりましたな。
インチキ宗教の教祖!
やってみたかったんですよ。

「耳たぶ診断」とか言って「その耳たぶ、ガンになる!」とか、 「爽快ですかー!」ってマイクで叫んだり、 「俺はKINGだ!日本全国を元気にしたい!」とか、 中味が無さそーなことやってみたい。

とりあえず教祖への道が開けたことは確認できたが、 やはりただの「提唱者」。 提唱するだけして行動力は無いんですね。 したがってインチキ宗教は棚上げですな。

自分を知る事

自分でありながら自分の事ってわからなくないですか?

ひとから「こういうタイプだよね」って言われれば、 「アタシってこういう人なのね」って思ってしまうのが人間。 鏡をいくら見たってわからないんですよ、自分というものが。 だからちょっとした「指針」としてエゴグラムをやってみるのも、 方法としては良いことだと思いました。

エゴグラムだって「君の性格はコレ!」というものでなく、 「向き不向き」を示すようなものと感じましたし、 それを知るだけで「自分に向いているもの」という指針がとりあえず一旦は明確になるので、 自分に迷いがある方はサラッとやってみてはいかがでしょう。

昔は武道や書道など「道」と付くもので精神統一し、己と向き合い、 自分の指針を揺るがないものとしてきましたが、 現代は完全に情報に呑まれる時代。 情報が多すぎると人って迷うんですよね。 情報を追わなきゃいいのに、ひとの「性」ってやつは機会(スマホ)があれば 調べ物をしてしまうコントロールの難しい厄介なものです。

世の中に流されない「鉄の意志」を意識することも、 これからの大人たちには必要かもしれません。 日本人はこういうのが苦手、 だから邪教が育まれてしまう。 インチキ教祖がひとの人格を決めてしまう前に、 自分をなんらかの方法で知ることは必要なのかもしれません。

最後に、私はこのブログを通じて自分を知りました。 とてもおもしろいブログです。

[https://www.noikoblog.work/entry/2019/07/27/自分を知る方法分類編:embed:cite]

www.noikoblog.work

※noikoさん申し訳ありません。埋込みがうまく表示されない「はてなの不具合」が炸裂してしまっているようです。

noikoさんのブログ、「自分を知る方法」の最後には、

「自分は〇〇なんです」なんて決めつけた時点でその人の成長はそこで終わりだ

とあるのですが、本当にそう。

私は会社でも部下後輩には「自分に自信を持った時点で能力は天井」と言ってますし、 そういった点では最近嫌というほど目にする「自己肯定感」とかいう 「なぜか自分を否定することを否定しなきゃいけない感」によって、 自分は自信に満ち溢れていると勘違いしてしまう人が増えてしまうのは、 自信の無い私から見て「めんどくせーな」と思う。

その「自己肯定感」というものの本当の意味はよくわからないのだけれど、 自信満々の人って「自分に自信がある」と自分で決めてしまっているような気がして、 世界を狭めているんじゃないかと、おせっかいを焼きたくなるのだ。 負の自分を意識するという面では良いと思うのだが。

飢えているから欲する。
自信満々の己を自覚するのは、もっともっと先でいいじゃないか。 なあんて思うから私はまだ若いんだなぁと思うし、 若作りさせてくれよとも思うのです。

written by 日照ノ秋人 提唱者は未だ提唱せず。