ふにゃふにゃフィロソフィー

真の父親とは、男とは何かを考えるブログです。

あの命この命

現代の音楽は、短期間で消費されてしまうと以前書きました。

私はその理由を「歌詞が軽い」と見ています。

重けりゃいいのかという話になりそうですが、 現代の歌詞が軽すぎるだけと感じています。

紅白歌合戦を見た後の、硬いせんべいをあごのチカラで破壊しながらネットサーフィンで発見した紅白回顧のとある記事を見た私は、
そうそう、そうなんだよなァ~
ってポカーンとしてしまいましたね。

奥行の無い歌詞

早速引用。(抜粋しています)

これは紅白というより、日本の商業音楽全般の問題と言えるかもしれません。 おおまかにわければ3パターンで済んでしまうのではないでしょうか。 ラブソング、がんばれ、家族に感謝。歌い手と曲が変わっているはずなのに、 ずーっと同じセミナーを聞かされている気がしてくるのですね。 これも中だるみする要因でしょう。 きわめつけは、Superflyの「フレア」。 「ほら 笑うのよ」、「涙に負けるもんか」の鉄板フレーズに、 がっつりメンタルが削られました。

引用元:女子SPA!
紅白の視聴率30%台より深刻、あちこちから不満続出の理由
文/音楽批評・石黒隆之

紅白歌合戦をフルで見ましたが、まさに石黒さんの言うような 「薄っぺらさ」を感じました。

それを誤魔化すかのように島津亜矢が、ビートたけしが、 古風な唄を披露し、すべてを見た後ではよくわからない印象だけが残ってしまいました。

アイドルが出て、ヒット曲が出て、トレンドが出て、 毎度おなじみの唄が出て。

順繰りで繰り返される
「こうだろ?これが欲しいんだろ?」の連発。
まぁ、歌番組だからこうなるのは必至なのでしょうが、 なんだかなぁ・・・。

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稲葉浩志の歌詞

「あの命この命」という唄。

この歌詞のワンフレーズがとても好きなのです。

一歩踏み出すたびに重いリュックが揺れ
その底にあの人の手紙と写真
最前線でためらうことは許されず
こっちの愛のためにあっちの愛を消す

戦争というフレーズを使わないで戦争を描かせる歌詞。 「あの人」と「愛」の距離感がわかる歌詞。 暗闇で女々しくも彼女と彼女の匂いが忘れられない って感じの現代の歌詞とは表現の奥行きが違う。

毎度、こんな歌詞だったら重みは無くなるのかもしれないけれど、 唄全体を聴いて歌詞に込められた想いを汲み取るのは、 聴いている我々の作業で良いと思うのです。

それが今では、直球に「こうだろ?これでいいんだろ?」 と訴えかけてくる感じ。
情緒、背景、言葉で表現できない人間模様。
歌詞の「奥行き」がまったく感じられないのです。

これは、もったいないと思うのです。

メロディーやアレンジはせっかく良いのに言葉が薄いイメージ。 ただのジェネレーションギャップかもしれませんけどね。

唄への向き合い方が違うのかも

私の様に昔の人と現代人とでは変わってしまっているのかもしれません。 唄の感じ取り方やスタンスが。

唄なんてこんな扱いでいいや。

という感じで、寄り添えていないのではと思うのですよ。

いつも片手にスマホがある。
スマホに寄り添っている。
って感じ?

スマホから手に入る「情報」ですら薄めですから、 薄軽いものを集めたいというのが現代人のスタンスかもしれません。

本を読んで本から影響を受けるだけでなく、 歌手の表現から繰り出された歌詞を読み解くのも、 良い勉強になると思うのですが、違うんかな。

written by 日照ノ秋人 最新の肺炎に気を付けましょう


hiderino-akihito.hatenablog.com

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