ふにゃふにゃフィロソフィー

真の父親とは、男とは何かを考えるブログです。

大人もバージョンアップしないと

通知表を変なタイミングで持ってきた我が子。

中を見ると今までにない良い成績。

サンブンノイチほどコロコロウィルスで 家に閉じこもっていた状態で、 学校は「家で勉強をしましょう」と謳い、 我々親は「義務教育」を胸に精一杯教育に勤めました。 我が家では、主に奥方が。 その成果だと鼻ノ穴を膨らましている奥方に薄く感謝をしました。
※私もマルセイユルーレットのやり方くらいは教えました。

家で子供に勉強を教える。

その難しさは「勉強を教える事」自体ではなく、 我々オトナが現代の教育を理解していない事にありましたね。

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親が子供に教育できないワケ

どれだけ頭脳明晰な親御さんでも、 現代の子供たちには教育しきれないと痛感しました。

それは、
呼称が変わっているものが多々ある
ということ。

親が子供に教えたものは、現代では「間違い」だったりする。

佐渡島(さどがしま)→さどしま
平米→平方メートル
立米→立方メートル
ミリバール→ヘクトパスカル
pH→ピーエイチ

などなど。

親が知った顔で教えたら、テストで豪快にバツを喰らってしまうのです。 いったいいつ変わったのでしょうか。 聖徳太子なんか厩戸皇子(うまやどおうじ)ですよ。
※後者はワープロ変換できなかった。PCもアカン。

小室哲哉小室みつ子以上に違うじゃないですか。

どのタイミングで変わったかもわからない親御さんたちは、 逆に子供に教えられポカーンですよ。 なのに「家で教育をしましょう」と投げられたって困ります。

大人もバージョンアップが必要

親も現代にあわせた教育を受けるべきではないでしょうかね。 と、言ったって、聖徳太子うまやどナンタラに変わっていたって、 なんら不自由なくビールなど呑んでしまってますよ我々は。

呼称が変わっているだけで、17条ケポーン(憲法)は17条ケポーンなワケで、 実は32ケポーン(プラス、アンコール1回)だったとか、 新説を教えているわけでもなく今頃教えられたってスルーなんですよ、オトナスルー。

それが今年のコロコロウィルス騒動で 「大人の知識は古い」ということが明るみになったのです。 こうなると、子供に教育を与える我々はどうしたら良いでしょうか。 いや、これは大人全員に関係する問題でもありますね。

大人が現代を学ぶ塾を作ったらどうだろう。 男女の出会いの場にも出来るかもしれない。 あ、コレ金の匂いがしますよ。(悪い顏)

変化を恐れているのか我々は

変化しないオトナっていますよね。

「保守的」だの言われても、最新の技術を取り入れないひととか、 そういうものから逃げ回っているようなひとが。

なぜ変わろうとしないのだろうと思いを巡らせてみたのですが、 彼らは変化を恐れているわけでなく、 新しい何かを勉強するのが面倒なわけでもなく、 ただ単純に「自分は変わる必要が無い」と思っているのではないかと思うのですよ。

私の持っている技術が旧式でも、 最新の技術より優れたものを作れればいいのだろう、的な。

で、傍(はた)から見ているものからすれば、 「いや、そういうことじゃない」 なんだけど、そこが汲み取れない。 だから「痛い」とかいわれてしまうんですよ、特におじさんは。

そこから教育する塾があれば… そんなおじさんは塾なんか行かないか。 そんなおじさん達を反面教師にして、 変化を恐れない人たちはたくましくなっていくのでしょう。

新しいものが全て素晴らしいとは言えないが、 変化の無いものを美徳と思われたり、 美化されると現代の教育に響いてしまう。 ※変化することが当たり前というのもちょっとイヤですが

すべては布石。

徹底的に踏みつけて、子供たちへの教育に生かすしかないのでしょう。 従って、現代の大人達はバージョンアップが必要です。 寝る前に「更新してシャットダウン」を選択しましょう。 翌朝ほらね、最新版の自分が世に放たれる。

written by 日照ノ秋人 「更新して再起動」を選択しないよう注意