ふにゃふにゃフィロソフィー

真の父親とは、男とは何かを考えるブログです。

きみの願いとぼくの嘘

コロナの影響もあって、
結婚式も挙げられないひとが多いと聞く。

いつもなら式場のプライスも跳ね上がる6月。
ブライダルの業界も苦境は続く。
「可哀想だ」という声も結婚する当人達には届くだろうが、
軽い慰めだったら私は親御さん達に向けたい。

結婚が「結ぶ」のは夫婦の契りだけではない。
互いの家族も結ぶのだ。

嫌だなと思うひとも多くいると思うが、 非常に面倒くさいソレは人と人をつなぐ一番わかりやすい約束のカタチであり、 「協力」を「家族」という名の下に共有できる結束みたいなものでもある。 もちろん「家族」だからって何でも許されるワケではない。 「家族だから」気を遣うこともいっぱいある。 そこまで考えるとね、面倒くさくなっちゃうんだな、男は。

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男の嘘

結婚というものが「面倒くさい」ということにどうしても気づいてしまうと、
「そんなことまでしてしなきゃいけないのか」
なあんて思ったりする。

世の男は大概そんな心境ではなかろうか。

彼女は「結婚したい」と思っている。
男は「いろんなことが面倒」と思っている。

きみの願いとぼくの嘘をあわせて。

それがプロポーズなのかと思うと、
多分女性は嫌だろうな。

私は男だからどうしても男目線になるけれども、 プロポーズってとてつもなく病む。
もちろん悩み、考えすぎて病む。

だからプロポーズの後、泣いたりグッタリしている男を見て 「ああ、面倒臭かったのだな」なんて思わず、 「ホッとしているのだな」って女性諸君には思ってほしい。

プロポーズが成功して「ヤッター!」なあんて無邪気に言ってしまう男。 おいっ男、軽いからなっ。
悩んでなさそうに見えるからなっ、気をつけよ。

親御さんの気持ち

私はまだそこまでの境地に至っていないのでなんとも言えないが、 我が子の門出を何らかのカタチに出来ないのは寂しいのではないかと推測する。

冒頭にも書いたとおり、結婚は非常に面倒なことまでもセットになる。 当人もそうだが、家族もそれなりに気を使うし使わせるのだ。

結婚式は子供を育て上げた
親御さんの披露の場でもある。

祝福の言葉と一緒に労いの言葉をいただく。
そうやって親の使命は一旦は終わる。
子供の結婚式は、親の卒業式みたいなものなのだと思う。

それが今ではこの状態。
自粛はそれすらも取り上げてしまった。

無念。

で、片づけたくないだろうに。

結婚して良かったか

結婚しているブロガーで、結婚して良かったと書いている人がいない!
記事が愚痴ばかりで明るいものが見えない!

そんなブログを最近見たのだが、 そうだなぁ、夫婦をテーマにするとそうなっちゃうのかなぁ、って思う。 夫婦って言ったって他人だからね。 血が繋がっている親兄弟ですら仲良く共存出来るわけではないし。

だから愚痴がどうしても出る。
愚痴がなくなったら「既に関心すら無い」ということ。

私は結婚して良かったと思う。
でも、そうは思わない人だっている。

「良かった」と思う人はノロケに聞こえるからひけらかさない。
「良くない」と思う人は愚痴をひけらかしてしまう。

そんな風に見ると、愚痴しか聞こえないのは当然の事。 なんだかんだで夫婦の関係を続けているひともいることだし、 結局は結婚しようがしまいが、どちらでも構わないということなんだろう。

なぜ6月に式を挙げたいのか。

確か5月まで収穫期で忙しく6月が割とヒマになるからとか、 ギリシャ神話の祝福の女神とやらの守護月が6月だとか、 そんな理由だったような気がする。 日本で6月といえば、あなたとあたしさくらんの収穫時期だから、 式を挙げたいということなのだろうか。

そんなことを考えてしまうゲストはいつだって身勝手だ。

そんな身勝手を押し殺して「祝福」を胸に集まっているのだから、 良き日にしたいし良き日が続いて欲しい。 それはゲストのみならず、親御さんももちろん思っているし、願っている。

親の使命は「一旦は終わる」と書いたが、
もうここで本当に終わりにしてあげたい。

そこで頬を流れるナミダというものの中には、
うれしさだけではない他の何かが、
きっと混ざっているだろうから。

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written by 日照ノ秋人 「おめでとう」は何度言っても良いんじゃない?


私のプロポーズ、The失敗例。

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