ふにゃふにゃフィロソフィー

真の父親とは、男とは何かを考えるブログです。

さまよえる蒼いオヤジ

父親だ、子育てだ。
なあんていっておいて、最近全くソレ関連のことは書いていません。

理由はただひとつ。

私自身に迷いが生じているからです。

迷ってますか?出口ありますか?
日照ノ秋人です。

ここ最近は子育てにかかわっている大人たちにはチョイとキツいニュースが多くて、 様々な感情が沸いては消えずにお疲れっスだったでしょう?
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the迷い

時々、「しつけ」というものがわからなくなるんですよ。

何が正しいか、何が間違っているか。
よ~く考えると、しつけって「正しいこと」と「間違っていること」 のきわどい境目で都度悩み、後悔ばかりしていませんか。 怒りすぎたとか、甘やかしすぎたとか、きわどい境目のきわどいジャッジに 後悔してわからなくなってしまう、そんな感じ。

手を出すのが悪いとか、叱りすぎはいけないとか、 頭ではわかっているけれども、親だって同じ人間なのですから、 カンシャク起こすし、虫の居所も悪いときがあったり、 感情むき出しで歯止めが利かなくなることもそりゃあありますよ。

感情がエスカレートする前に、心を落ち着かせる術を身に着けたいものです。

が、無理じゃないですかね。

いろいろあるけれど

怒りが沸いたら、まず6つ数えよう。

なあんてのもありますね。 無理でしょう?怒ってますからね。 怒ってたら、6つ数えるほどの余裕はないのです。 1で大激怒ですよ。

父母、どちらかが叱り、どちらかがフォローにまわる。

これもありますね。 無理でしょう?大激怒ですもん。 ひとりの大人が「カッ!」となるようなことが起これば、 たいがいその他の大人ももれなく大激怒ですよ。

父母がふたりで叱ってしまう。
前に「子育て会」というそれはそれは美味い「おビールさん」 なんかを「にがじょっぱい」ものでもつまみながら開催した際に、 知人の父親共は全員「どちらかがフォローは無理」という言葉を聞き、 これは「子育て夫婦あるある」なんだなぁと思ってしまったよ。

ブログは良いなぁ

そんな、さまよえるオヤジこと約一名は、 子育て系のブログを片っ端から見ています。

卒業、卒園、入園、入学と、
「人生のココ一番」を綺麗に切り取っていただいて、 それを眺める私なんぞも、
いいなぁ、こんなこと、あったなぁ。
と思っちゃったりしてほっこりするのです。

人生の節目、節目には唄、唄は綺麗、綺麗は桜、 桜は花、花には水、鼻水。(←コレ余計)

子供の節目に涙する親。
そんな涙目の親たちも、きっとしつけのきわどい境目をつたなく歩き、 長いようで長い月日を自分を殺してまで子供に費やしてきたんだなぁと思うと、 ピュアマイルドな私なんかは簡単に感化されて「自分もしっかりしなきゃ」とおのれを戒めるのです。

ブログを読んで「よかった」
と思う瞬間ですね。

儲け話よりも、ずっといい。

しつけ

危ないことをすれば、それがどれほど危ないかを教える。 しつけの大儀はこれだと思うのです。

我々おとなは今まで生きてきた経験値や学んできた知識、知恵を使って、 子どもを教育する。

だけど、「子供に伝える方法」までは誰からも教わらないんです。

伝える術を持たないで理屈や理論だけでやろうとするから伝わらないし、 伝わらない相手に怒りの感情を抱いてしまう。 そんなことはみんなわかっている。 わかっているのだけれど、それが出来ない、もどかしい。 怒りの感情がエスカレートすれば、「ひどい親」の完成です。

虐待関係のニュースをみて「あんな鬼畜野郎」になりたくない私は学校のいじめ問題で、 「ウチの子のように自ら命を絶つ子供を増やしたくない」 という親御さんのことばを借りて、 「あんな鬼畜野郎のような親を増やしたくないし、自分はなりたくない」 と思うようになりました。

「増やしたくない」っていうのは上から目線ですね。 だからそれは私には出来ないので、せめて自分が鬼畜野郎にならないように、 考えるだけであります。

って考えていると、わからなくなるんですよねぇ、ますます・・・。


こちらもおねがいします。

hiderino-akihito.hatenablog.com